Molecule

Molecule

新しい機能をもつホウ素化合物

近年、可視光を利用した光酸化還元触媒による化学反応が盛んに研究されている。光酸化還元触媒反応は、一電子移動による有機ラジカル種の発生を経由するため、嵩高いsp3炭素の導入や高い化学選択性を実現できる。しかし、光触媒としてIrやRuなどの高価な遷移金属錯体触媒を用いる必要がある。また、複数の電子移動あるいはエネルギー移動を伴うため、反応設計において、これら触媒自身の酸化還元過程も考慮しなければならない。このような背景から、光酸化還元触媒を必要としない有機ラジカル種の発生・制御は、これらの問題を解決しうる、より直截的な手法といえる。たとえば、反応基質同士の静電的相互作用に基づいた電荷移動錯体の形成は、一電子移動を可能とし、有機ラジカル種の発生を実現する。しかし、この手法では、電荷移動錯体の形成が必要不可欠であるため、利用できる反応基質に制限がある。ごく最近、より簡便かつ直截的な手法として、反応基質の直接光励起による有機ラジカル種の発生法が報告されている。しかし、反応基質の光物性から、直接励起に強力な光源が必要である上に、嵩高い第三級アルキルラジカルや不安定なメチルラジカルの発生は困難であった。我々は、独自に設計した有機ホウ素アート錯体に対して可視光を照射することで、第三級アルキルラジカルやメチルラジカルを含む種々のアルキルラジカルが生じることを見出した。さらに、有機ホウ素アート錯体の光励起を活用することで、多様なラジカル反応の開発に繋げた。

 


ケージド化合物は、生理活性化合物に光で除去可能なユニット(Photoactivatable Protecting Group = PPG)の連結により一時的に不活化した分子で、まさにカゴ入れられたような状態である。光を照射することで、生理活性化合物が作用する時空間を制御できるため、この技術は細胞機能発現の機構解明に幅広く利用されている。一方で、ケージド化合物を作る際に汎用されるPPGは、その連結に水酸基やカルボキシル基あるいはアミノ基といった官能基が必要となる。つまり分子構造にこれらを持たない生理活性化合物はケージド化できないため、構造に制限があった。我々は、可視光により炭素–ホウ素結合が切断されて炭素ラジカルが生じる有機ホウ素アート錯体を活用することで、分子骨格上の炭素を起点としたケージド化法を開発した。炭素は全ての有機化合物に含まれるため、従来の構造制限を取り払うと期待される。 たとえば、これまで実現困難であったアセチルコリンをケージド化する手法に展開し、生細胞条件およびハエの脳を用いたex vivo条件で自在にアセチルコリン濃度を制御することに成功した。