Catalysis

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ラジカル反応を制御する有機触媒

有機合成化学は、人類の生存を維持し、生活水準を向上するために必要不可欠な有機分子を供給するための基礎技術である。医薬・農薬や機能性材料のような優れた機能をもつ有機分子を、大量かつ迅速に社会に供給する物質生産技術として知られるのが、「触媒を用いる有機合成」である。その中でも、金属元素を含まず、有機化合物のみで構成される有機触媒は、環境調和・省資源・省エネルギーを目指す現代社会の要請に応える物質生産技術であり、2021年ノーベル化学賞(List教授・MacMillan教授:不斉有機触媒の開発)の評価によって社会に広く認知された。しかし、従来の有機触媒を用いた反応は、付加型を代表とするイオン反応(2電子移動)が殆どであり、適用できる反応形式や原料にできる基質が制限されている。一方で、ラジカル反応(1電子移動)は、官能基に依存せず、高い反応性を有することから、分子変換反応を革新する可能性をもつが、短寿命で過激に反応するラジカルを有機触媒単独で制御するのが難しかった。我々は、N-ヘテロ環カルベン(NHC)触媒や有機硫黄光酸化還元触媒のような有機触媒を独創的な手法でデザインし、ラジカルを完璧に制御し、多種多様な結合形成反応を開発することに成功した。本手法を用いて、これまで至難とされてきた、高い付加価値をもつ有機分子の効率的合成に繋げた。

 

我々は、補酵素チアミン(ビタミンB1)が関与する1電子移動を介した生命現象に基づくことで、ラジカル反応を制御するN-ヘテロ環カルベン(NHC)触媒を構築し、分子変換反応の開発に繋げた。つまり、2019年に、チアゾール型NHC触媒を用いたラジカル型の炭素-炭素結合形成反応を開発し、アルデヒドと脂肪族カルボン酸誘導体から複雑かつ嵩高いケトンを合成し、J. Am. Chem. Soc.誌に報告した。本反応の特徴は、反応機構に含まれる、“エノラート中間体からカルボン酸誘導体への1電子移動”と“1電子移動後に形成される異なる2つのラジカル種のカップリング(ラジカル-ラジカルカップリング)”の各過程をNHC触媒により能動的に制御する点にある。さらに、NHC触媒によるラジカル反応の適用範囲を拡大すべく、研究を展開した。3つのラジカル反応プロセス(1電子移動、ラジカル付加、ラジカル-ラジカルカップリング)をリレー型で繋ぐことで、アルデヒドとカルボン酸誘導体とアルケンを用いた3成分連結反応を開発した。電子受容体としてカルボン酸誘導体の代わりにハロアレーンを利用した、アリールラジカル介在型NHC触媒反応を見出した。可視光により直接励起が可能な有機ホウ素化合物を合理的に設計し、これをNHC触媒と組み合わせて用いることで、ラジカル型の炭素-炭素結合形成反応の開発に成功した。 

 

我々は、可視光と有機硫黄触媒(フェノチアジン触媒)を組み合わせて用いることで、アルコールと脂肪族カルボン酸誘導体から炭素-酸素結合形成反応を起こし、既存法(SN2やSN1置換反応)では至難とされてきた複雑かつ嵩高いエーテルを効率的に合成できることを2020年にJ. Am. Chem. Soc.誌に報告した。本反応では、可視光により高エネルギー(励起状態)の有機硫黄触媒を形成させ、1電子移動と続くラジカルが介在する結合形成を能動的に制御した。アルコールの代わりに、アミド、アゾール、チオール、フッ素のようなヘテロ元素反応剤を用いることで、さまざまな炭素-ヘテロ元素結合の形成も可能であった。本研究は、製薬企業と共同で実施され、我々によって開発された手法が、創薬研究の現場において、積極的に利用されている。また、最近では、本反応原理をセミピナコール転位反応やハイブリッド触媒反応の開発に発展させることに成功し、大きな広がりを見せている。